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第10回 2004.4.1
“ポーランドの京都”クラクフ、“20世紀の旧市街”を持つワルシャワ、“人類最大の負の遺産”オシフィエンチム
─ ポーランドの3つの遺産を歩く ─ |
ポーランドの歴史は実に劇的です。歴史上、“ポーランド”という国名が地図から消えた時期がありました。また、第2次世界大戦で、その国土は大きな被害を受け、多くの都市が破壊されています。首都ワルシャワも大戦により壊滅的な被害を受け、街全体が瓦礫の山と化しました。現在のワルシャワ旧市街は、戦後、市民がかつての姿通りに復興したものであり、砦や城壁、大聖堂、中央市場広場に面した家々など、旧市街の全ては完全な戦後の再建です。
ワルシャワから南におよそ300キロメートル、チェコ、スロバキアとの国境にも近いヴィスワ川左岸に、ポーランドの京都とも言える“クラクフ”の街があります。首都がワルシャワに移る以前、14世紀から16世紀にかけてクラクフはポーランドの首都として栄えました。
クラクフは幸いにも第2次世界大戦の戦禍を免れ、旧市街はしっとりと中世の名残を伝えています。外側には新市街が広がりますが、グリーンベルトで隔てられた旧市街は実にのどかです。ヨーロッパでも今や稀少な円形の砦(バルバカン)、城門と城壁の一部、かつて首都であった時代に王宮であったヴァヴェル城や城内の大聖堂、中部ヨーロッパ最古の大学の一つ“ヤギェウォ大学”などが点在します。ちなみに、ポーランドはカトリックの国ですが、現在の法王ヨハネ・パウロ2世は、もとクラクフの大司教でありこの大学で学ばれたそうです。
旧市街の中心には中央市場広場があり、かつて織物取引所として利用された“織物会館”や“旧市庁舎の名残の時計塔”があります。
国立“チャルトリスキ美術館”には、レオナルド・ダ・ヴィンチの「白テンを抱く貴婦人」(近年日本にやってきましたのでご覧になられた方も多いと思います)やレンブラント・ファン・レインの「善きサマリア人のいる風景」などの名画を始めとして、彫像、武器など、幅広いコレクションがあり見応え充分です。
クラクフから50キロメートルほど西に、人類最大の負の遺産として後世に引き継ぐべき“アウシュビッツ”(ドイツ名)、ポーランド語では“オシフィエンチム( )”があります。第2次大戦中にナチスによってつくられた強制収容所であり、現在、博物館として公開されています。
併設の売店では、各国語に翻訳されたガイド冊子が販売されており、見取り図と共に一人で歩くことも可能ですが、各国語のガイドツアーもあります。希望すれば、日本人の公認ガイドの方の案内で内部を見学することも可能です。
ワルシャワ、クラクフの旧市街は、共に歴史地区としてユネスコの世界遺産に登録されていますが、オシフィエンチム強制収容所もまた、負の遺産として世界遺産に登録されています。
列車やバスなどオシフィエンチム訪問の手段はいろいろあります、ワルシャワやクラクフまで足を延ばされたのであれば、やはり一度は訪れるべき場所と言えるでしょう。
さて、本シリーズは今回が最終回です。お気づきの点があればなんなりとお知らせ下さい。またいつか別のシリーズで、さらにバージョンアップしてお会いしたいと思います。では。 |
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