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第9回 2004.3.1
イタリア人も認める食通の町“ボローニャ”(“Bologna”)
─ 豊かな歴史と食文化をもつ北イタリアの交通の要所 ─
 日本では今“イタ飯”が大人気です。肉料理も魚料理もバラエティーが豊富で、パスタもピッツッアもソースや具とのコンビネーションは無数、チーズもデザートも、とにかく美味しい物ばかり。ヘルシーな食材、素材を活かした調理法、目でも楽しむことのできる色使い、こと“食”に関して日本人旅行者の満足度が特出して高い国の一つがイタリアでしょう。

 イタリアの各都市はそれぞれ古い歴史をもっていますが、イタリア国として統一されたのは1861年です。そのため各地域の歴史や文化は独自性が強く、食に関しても実に地方色が豊かです。どの町もみな食通の町と言えばその通りなのですが、“ボローニャ”はイタリア人も認める食通の町、“スパゲッティ・アッラ・ボロネーゼ”のまさに本拠地。内陸の都市なので得意料理は肉料理、サラミやラザーニャなど名物料理は多様です。

 国土を南北に貫くのがイタリアの“背骨”と言われるアペニン山脈。その北側に山脈と平行してまっすぐ延びるのが“エミリア・ロマーニャ街道”、紀元前2世紀の起源をもつ“ローマの道”です。  ボローニャは人口およそ40万人、エミリア・ロマーニャ州の州都であり、アペニン山脈越えの起点、北イタリアの交通の要です。ミラノ、ベネチア、リミニ各方面からの道が集まって一つになり、ここからアペニン越えが始まります。ちなみに、アペニン山脈を抜けるとトスカーナ州の州都“フィレンツェ”です。
 一方ボローニャの北側にはイタリア最大の平野(“パダナ平野”)地帯が広がり、土地は真っ平らです。

 ところで、ボローニャは世界最古の大学町でもあります。1088年創立とされるボローニャ大学には、13世紀既に世界中から1万人もの学生が集まっていたそうです。図書館や解剖学教室などを備えた16世紀の校舎の一部が旧市街の中心に今もその姿を残していますが、その壁には世界中からやってきた教師や学生達の紋章が装飾的に残されています。
 旧市街は半径1キロメートル程度。中心にはその名の通り“大きな(マッジョーレ)広場”があり、大聖堂や市庁舎などの歴史的な建築物が取り囲んでいます。大変興味深いのは、マッジョーレ広場が2000年以上も前からこの町の中心であり続け、現在も同様であることです。

 また、かつて数百と立てられた塔の名残がボローニャの“斜塔”です。中世の時代、貴族達の権力誇示のため競って高い塔が立てられました。その多くは姿を消し、現存する塔らしい塔は100メートルと50メートルの2基、共にマッジョーレ広場至近に位置しています。内部の急な階段を登ると、天気が良ければ遠くアルプスまでも眺めることができるそうです。
 “ポルティコ”と呼ばれる列柱でつながれたアーケードもボローニャの特徴です。中世期、市内の人口が増加した時に、より広い空間をつくるために地上階よりも張り出した2階スペースが生み出されました。構造的にはその張り出し部分を支える支柱ですが、ポルティコのお陰で天気の悪いときにもゆっくりと散策を楽しむことができます。

 さて、先ほども触れましたが、ボローニャは交通の要所です。北イタリアを旅する多くの方々がたぶんボローニャを経由されていることでしょう。ただ通り抜けてしまうには勿体ない町です。旧市街の散策と上質の食文化を是非おためし下さい。
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